大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和24年(れ)256号 判決

主文

原判決を破毀する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

理由

辯護人作間耕逸の上告趣意は末尾添附別紙記載の通りでありこれに對する當裁判所の判斷は次ぎの如くである。

第二點に付て、

(一)学校の開校式に臨んで經過報告をしたという事実の中には学校に出入したという事実を含んで居ることは勿論である。其故原審が此の事実を審理して正當の事由が無かったと認めたときは該當條文を適用して處斷することは差支ない(公訴事実と原審認定の事実とは其基本たる事実關係において相違はない)其故原判決には所論の様な違法はない。

(二)右の處斷をするに當っては判文に何のため出入したかを具體的に判示する必要はない、正當な理由がなかった旨を記せば足りる。そして原判決擧示の證據を見れば被告人は只開校式に臨むために出入しただけで正當の理由がなかったことがわかる、所論の様な事項は、出入を禁ぜられて居ない人ならば通常為すべきことであろう、しかし所論法條によって出入を禁ぜられた者が其禁止に拘わらず出入すべき正當の事由とは到底なり得ないので論旨は理由がない。

(三)昭和二二年政令第六二號第七條は教職不適格者が從前の地位勢力等を利用して退職當時の勤務先であった学校等に對してこれを支配したり、其他何等かの影響を與えたりすることを防止するため右学校等の執務場所に出入することを禁じたものである、此趣旨から見て同條の「執務の場所」とは退職當時の勤務先であった学校が現に使用して居る執務の場所を指すこと勿論で、退職當時執務の場所でなかった處でも犯行當時執務の場所であればいゝのである。原判示第二の被告人が出入した判示学院新校舎の教室は所論の通り被告人退職後落成したものであるが判示日時判示学院新校舎の教室となって居たことは原判決の明認する處であるから判示行爲を右法條に違反するものとした原判決は相當で論旨は理由がない。

第三點に付て、

原判決は被告人が判示第一に記載される行爲をしたことによりあらたに教職に就いたものとしてこれに判示政令第六二號第三條第二項を適用して居るのである。しかし同條法文の「あらたに」「就く」等の語によって見れば同條は追放によって教職を一旦去った者(或は初めから教職に就て居なかった者)が追放後あらたに教職に就く場合を規定して居るものと見るべきであろう。これを廣く解するとしても、追放後残務以外の新な教職上の事務を為した場合を指すものというべく、追放後未だ教職を去らない者が、其直後残務整理又は事務引繼の爲め已むを得ず爲した行爲の如きは含まぬものと解するを相當とする。或は「あらたに教職に就き」とは引續き教職に從事する場合をも含むものと解しなければ右政令の目的は達せられないというかも知れない、しかし追放を受けた者は前記の様な已むを得ない行爲を終了した後は遅滞なく教職から退かなければならないことはいう迄もなく、當人が退かない場合は文部大臣は何時でも解職又は解任することが出來る(後説)のであるし又追放を受けた者が正當の事由なくして從來の職務執行の場所に出入することは第一條第七條によって禁止されて居るのであるから此の雙方相俟って目的は充分達せられるであろう。固より追放に關する事項は厳格に取扱わなければならないこと勿論であるが、追放後一日の猶豫も與えられず、残務整理事務引繼のため已むを得ない様な行爲を爲すことも許されないと解するのは所謂公職追放の場合に二〇日の猶豫が與えられて居る(後説)のに比べて餘りに權衡を失し酷であろう、しかるに原審は被告人が何時教職を退いたかを判示して居ないし原審擧示の證據を見ても明でない、原審は或は追放を受けた者は其れにより當然直ちに教職を失うものであるとの趣旨に出たのかも知れない、しかし所謂公職追放の場合においては覺書該當者はその追放指定の日より二一日目に當然失職する趣旨の規定が設けられて居るのに反し、教職追放に付てはかような規定はなく、却って昭和二二年文部外八省令第一號(昭和二一年五月一日)第二條によれば同第二條の私立学校の教員其の他の職員又は教育に關する法人の役員の職にある者が教職不適格として指定を受けたときは文部大臣がこれを解職又は解任することが出來ると規定して居ることに徴すれば、教職員については當然失職となるものではなく、本人の辭職又は右の解職又は解任によって始めて職を失うものと解するのが相當である(実際上の行政上の措置も以上の見解に從って處理されて居るのである)なお原審が「あらたに教職に就たものである」といって居るのは或は残務等の仕事でなく新な行爲をしたとの意であるかも知れないけれども、原判文によっては残務であるか新な行爲であるかわからないのみならず擧示の證據を見ても明でない、そして原審は被告人が追放の通知を受領した日の翌日からの行爲を罰して居るのであるから、其中には残務整理又は事務引繼の爲め必要な行爲もあるかも知れない、むしろあったろうと想像する方が自然であろう、されば原審は本件被告人の行爲は被告人が一旦教職を退いた後あらたに爲した行爲であるか否か、又若し退かない間の行爲であるならば殘務等の爲已むを得ざるに出でた行爲であるか否かを判斷しなければならない、そして此點において原審は理由不備の違法あるものというの外なく、此違法は判決主文に影響を及ぼす處あるものであるから論旨は理由があり原判決は破毀を免れない。(その他の判決理由は省略する。)

よって上告を理由ありとし舊刑事訴訟法第四四七條第四四八條の二に從い主文の如く判決する。

以上は當小法廷裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例